遺言の撤回とは
遺言書を作成した後も、遺言者の人生は続きます。時間の経過とともに事情が変わり、遺言の内容を見直したくなることもあるでしょう。
そのような場合、遺言は撤回できるのでしょうか?本記事では、遺言の撤回に関する法律と具体的な手続きを解説します。
遺言はいつでも撤回できる
民法第1022条により、遺言者はいつでも遺言を撤回できます。
民法第1022条は、「遺言をした人は、いつでもその内容を取り消すことができる」ということを定めています。たとえば、ある人が「全財産を長男に相続させる」という遺言をしていたとしても、その後考えが変わり、「次男にも分けたい」と思った場合には、新たに遺言を書き直せば、前の遺言は取り消されたことになります。
ここで重要なのは、「いつでも」撤回できるという点と、「遺言の方式に従って」撤回する必要があるという点です。つまり、口約束やメモ書きではなく、法律で定められた正式な方法(公正証書遺言や自筆証書遺言など)で撤回しなければ効力がありません。
また、「全部」でも「一部」でも撤回できるので、「財産の分け方だけ変える」など部分的な修正も可能です。遺言は人生の最終的な意思表示とも言える大切なものですが、状況が変われば考えも変わるものです。ですから、このように柔軟に対応できる仕組みが法律で認められているのです。
遺言が撤回されたとみなされる場合
以下の状況では、遺言が明示的に撤回されなくても、撤回されたものとみなされます。
後の遺言が前の遺言と抵触する場合
異なる日付の遺言が2通あり、内容が矛盾する場合、後の遺言が前の遺言を撤回したものとみなされます(民法第1023条)。
民法第1023条は、複数の遺言がある場合の「内容の食い違い(抵触)」についてのルールです。たとえば、最初の遺言で「土地を長男に相続させる」と書かれていたのに、その後の遺言で「同じ土地を次男に相続させる」と書かれていた場合、内容が矛盾していますよね。このように前と後の遺言で内容がぶつかる部分があったときは、後から作った遺言の内容が優先され、そのぶつかる部分に限っては前の遺言は「撤回されたもの」として扱います。
つまり、遺言者がわざわざ「前の遺言を取り消す」と書いていなくても、新しい内容が前と矛盾していれば、自動的に古い部分は無効になるということです。これは、遺言者の最も新しい意思を尊重するためのルールです。なお、矛盾していない部分については前の遺言もそのまま有効です。この条文は、遺言内容を整理して正しく実現するために重要な役割を果たしています。
遺言者の生前の行為が遺言と抵触する場合
遺言者が、生前に遺言の内容と矛盾する行為を行った場合、遺言を撤回したものとみなされます(民法第1023条2項)。
民法第1023条第2項は、「遺言とその後の生前処分などが食い違う場合」についてのルールを定めています。簡単に言うと、「後の行為が優先される」という考え方です。
たとえば、遺言で「Aという土地を長女に相続させる」と書いていたのに、その後、遺言者が生前にその土地を第三者に売ってしまった場合、土地はもう存在しないので、遺言の内容は実現できません。このように、後の売却(=生前処分)が前の遺言と矛盾しているときは、「売却という行為によって遺言は撤回されたもの」とみなされるのです。
また、「生前処分」以外にも「その他の法律行為」として、贈与や賃貸借など、法的に意味を持つ行為も含まれます。つまり、遺言者の最新の意思を尊重するため、後の行為が前の遺言とぶつかれば、遺言のその部分は無効になるというルールです。このようにして、遺言の内容と現実の状況にズレが生じた場合でも、スムーズに処理できる仕組みが整えられているのです。
例えば、遺言書で相続させる予定だった財産を生前に処分してしまった場合です。
遺言者が故意に遺言書や遺贈財産を破棄した場合(民法第1024条)。
民法第1024条は、「遺言書や遺贈の目的物(贈ると決めた財産)を故意に壊したり処分した場合は、遺言を取り消したとみなす」というルールです。
たとえば、ある人が「この家を長男に相続させる」と遺言書に書いていたのに、自分でその遺言書を破り捨てた場合、「もうこの遺言は取りやめたい」という意思があると考えられるため、破棄した部分の遺言は撤回されたものと扱われます。
また、遺言書は残っていても、遺言者がその家を自分で壊したり売ったりして手放した場合も、「その財産をあげる気はなくなった」と判断されるため、やはりその部分の遺言は撤回されたことになります。
ここで大事なのは「故意に」破棄したかどうかです。うっかり燃やしてしまったとか、知らずに処分した場合などは撤回とみなされません。遺言者の明確な意思があったかどうかがポイントになるわけです。この条文は、遺言者の最終的な気持ちをきちんと尊重するための仕組みといえます。
遺言の撤回の効力
民法第1025条は、一度撤回された遺言は、基本的に元には戻らないというルールを定めています。
たとえば、ある人が「Aに財産を相続させる」と書いた遺言をした後、「やっぱりやめる」と思って別の内容の遺言を書いたとします。この時点で、最初の遺言は撤回されたことになります。その後に新しい遺言を破棄したり、効力がなくなったとしても、最初の遺言が自動的に復活することはありません。これが「効力を回復しない」という意味です。
ただし例外もあります。それは、撤回の原因となった行為(たとえば新しい遺言)が、錯誤(まちがい)・詐欺・強迫などでなされた場合です。つまり、「だまされて」新しい遺言を書いたとか、「脅されて」遺言書を破棄したという場合には、元の遺言の効力が回復することもあります。
この条文の趣旨は、遺言の効力があいまいになるのを防ぎ、遺言者の真意を確実に反映させるためのルールです。安易に「前の遺言が復活する」となると、相続をめぐるトラブルの元になるからです。
遺言の撤回権の放棄は禁止
民法第1026条は、「遺言を撤回する権利は、あらかじめ放棄することはできない」というルールを定めています。
たとえば、ある人が「この遺言は絶対に撤回しません」と文書に書いたり、誰かと約束したとしても、その約束は法律上の効力を持ちません。つまり、遺言者はいつでも自由に考えを変えて、遺言の内容を撤回できるということです。
これは、遺言が遺言者の最終的な意思を反映するものであるという点から、とても大切な考え方です。人の気持ちや状況は変わるものですから、「一度書いたから変えられない」となってしまうと、真の意思が反映されない遺言になってしまうおそれがあります。
また、撤回の自由があることで、遺言者が将来のことを考えながら柔軟に対応できるようになります。したがって、「撤回しない」といった取り決めは無効であり、遺言者は生きている限り、何度でも自由に遺言を見直し、撤回することができるというわけです。
負担付遺贈の遺言の取消し
民法第1027条は、「負担付遺贈」に関するルールです。負担付遺贈とは、何か義務を果たすことを条件に財産をもらえる遺贈のことです。
たとえば、遺言で「この家をAさんにあげる。ただし、毎月仏壇にお参りすること」というように、条件(負担)がついている場合があります。ところが、遺贈を受けたAさんがその条件を守らない場合、相続人は「ちゃんとやってください」と一定の期限を設けて催促(催告)することができます。
それでもなお義務を果たさないときは、相続人は家庭裁判所に申し立てて、その遺贈の取消しを求めることができます。つまり、条件を守らないなら、あげたものも取り消される可能性があるということです。
この条文の目的は、遺言者の意図(義務を果たしてもらいたいという希望)をしっかり守ることです。同時に、受遺者に対しても、義務を果たさなければ遺贈の権利を失う可能性があるという緊張感を与える規定でもあります。
まとめ
遺言はいつでも自由に撤回できます。
次の場合、遺言は撤回されたものとみなされます。
後の遺言が前の遺言と抵触する場合
遺言者の生前の行為が遺言と抵触する場合
遺言者が故意に遺言書や遺贈財産を破棄した場合
遺言の撤回を撤回することはできません。
遺言の撤回権を放棄することはできません。
遺言は、人生の変化に応じて見直すことが重要です。適切な撤回・修正を行い、常に自身の意思を反映した遺言を残すようにしましょう。
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